脳ドックのガイドライン 1997(平成9年)5月版

Ⅰ はじめに
画像診断法の進歩により、少ない侵襲で脳の形態が診断できるようになり、磁気共鳴映像(MRI)を主な検査として脳の診査を行う「脳ドック」と呼ばれる試みが1988年頃よりわが国で始まった。 国民一般の脳卒中、痴呆の予防への高い関心と、わが国における高度な診断装置の広範な普及にたすけられ、脳ドックは1990年代はじめ頃から磁気共鳴血管撮影(MRA)の実用化とともに多くの施設で実施されるようになった。 この新しい形の検診は現在我が国でのみ行われており、脳および脳血管疾患の早期発見と予防という点で大きな期待がかけられている。 一方、問題点として、個々の施設で脳ドックの目的が異なる、検査の精度が必ずしも十分でない、発見される異常の意義・対処法が確立されていない、また、医療経済上の効果が不明である、などがあげられている。

日本脳ドック学会は、脳ドックが予防医学の新しい分野として正しい進歩を遂げることを目的に、1992年に日本脳ドック研究会として発足し、以後毎年の学術集会を通じて脳ドックに関する各種の問題について論議を重ねてきた。 これらを通して、現在、脳ドックの効用、限界が次第に明らかとなり、また社会通念としての脳ドックの概念も形成されつつあるように見える。

このような状況を鑑みて、日本脳ドック学会では平成7年「脳ドックあり方委員会」を設置し、同年、全国の脳ドック実施施設を対象にアンケート調査を行った。 その結果を踏まえて脳ドックの水準と有効性の向上を目指してガイドラインを提示する。
Ⅱ 脳ドックの目的
脳ドックの目的は、無症状の人を対象に、MRI、MRAによる画像診断を主検査とする一連の検査により、無症候あるいは未発症の脳および脳血管疾患あるいはその危険因子を発見し、それらの発症あるいは進行を防止しようとするものである。 主な発見の対象は、
    1)無症候性脳梗塞
    2)脳卒中の危険因子
    3)未破裂脳動脈瘤
    4)無症候性頭蓋内および頸部血管閉塞・狭窄
    5)高次脳機能障害
    6)その他の機能的、器質的脳疾患であり、それらの結果について判定と指導が行われる。
Ⅲ インフォームド・コンセント
脳ドックの検査対象、ならびに診査の限界は受診者に前もって正確かつ十分に伝えなければならない。 また検査項目が下記の必須項目を含まないもの(例えばMRI、MRAのみを行うようなもの)は「簡易脳ドック」など、内容を示す別の名称で呼ぶ。
Ⅳ 脳ドックの検査項目
「脳ドック」は少なくとも以下の検査項目を含む。
    1)問診
    2)診察
    3)血液・尿・血液生化学検査
    4)心電図
    5)頭部MRI
    6)頭・頸部MRA

 脳ドックにはこれら以外の検査項目として,たとえば脳卒中の危険因子の検索として、眼底検査、その他の血液凝固・線溶系検査(血小板凝集能、β-トロンボグロブリン:βTG、トロンビン-アンチトロンビン複合体:TATなど)、 血液生化学検査(Lp(a)など)、ホルター心電図、心エコー検査、頸部超音波エコー検査、脳血流検査などが加えられる場合がある。  また、その他の検査として胸部X線検査、頸椎X線検査、詳細な高次脳機能検査、脳波検査、アポリポ蛋白Eの検査が加えられる場合がある。
Ⅴ 検査の内容
1.問診 問診は面談あるいは問診票に記入する方法で行う。現在の健康上の状況、既往歴、家族歴、現在の生活習慣などの質問を含む。 MR検査の禁忌となる状態、例えばペースメーカー装着、体内金属の存在などに特に注意する。

2.診察
体型、顔貌、表情、会話、および運動の状態の観察、脈拍、心臓の聴診、頸部雑音の聴取、神経学的診察、体重、血圧測定、簡単な高次脳機能検査(「かなひろいテスト」、Kohs Block Design Testなど)を含む。 ただし高次脳機能検査は診査対象によっては省略してもよい。

3.血液・血液生化学検査
白血球、赤血球、ヘモグロビン、ヘマトクリット、血小板数、フィブリノーゲン、GOT、γ-GTP、ALT、LDH、BUN、クレアチニン、尿酸、総コレステロール、中性脂肪(トリグリセライド)、HDLコレステロール、血糖またはHbA1c、フルクトサミン、を含む。 精度管理が適切に行われている施設で測定する。

4.心電図
安静時標準12誘導心電図でもよいが、ホルター心電図検査が行われることが望ましい。

5.MRI
MRI画像は少なくとも10mmかそれより薄いスライスで撮影された、T1強調画像、T2強調画像、ならびにプロトン密度画像またはFLAIR法による画像の鮮明な頭部軸位画像を含む。 画像診断は以下に要約する「厚生省循環器病委託研究(6指-2)無症候性脳血管障害の画像診断に関する研究班」による画像診断基準による。

(1)小梗塞の画像診断
T2強調像で、大脳基底核、視床、大脳白質等に認められる、限局性の高信号域を示す小病変の診断に際しては、小梗塞と血管周囲腔との鑑別が重要であり、以下の方法で鑑別される。

(i)血管周囲腔との一般的な鑑別法
拡大血管周囲腔(état criblé):T2強調像にて高信号を示し大きさが3mm未満、一般に整形で均質な高信号域であり、周囲に信号変化を伴わない。 穿通動脈、髄質動静脈の走行に沿う。ただし、大脳基底核下3分の1の部位等ではこれを高頻度に認め、しばしば左右対称性で、径3mmをこえることも少なくない。 小梗塞巣:原則として大きさが3mm以上。不整形不均質の高信号域で、周囲に不均一な高信号域を伴う。T1強調画像では梗塞巣。 血管周囲腔共に通常低信号となるが、T2強調像の場合と同様、血管周囲腔では整形均質で、小梗塞の場合は不整形となる。 (ii)プロトン密度強調画像、FLAIR法の信号強度による鑑別 まれに血管周囲腔が非常にに拡大する場合があるが、その場合も、病変の大きさ以外の上記鑑別点が有効であるが、撮影法による信号強度の違いが鑑別の参考になる。 梗塞巣(嚢胞化した梗塞巣):プロトン密度強調像、FLAIR像で、病巣中心部が髄液同等の低信号で、周囲に高信号領域を伴う、拡大した血管周囲腔:全体が髄液同等の低信号領域を示す。

(2)血腫瘢痕(慢性期出血巣)
斑状ないし不整形の病変で、T1強調像で中心部が低信号、T2強調像で高信号である。T2強調像にて周辺部にhemosiderin沈着による低信号の輪状の所見が見られる。

(3)びまん性白質病変(leukoaraiosis)
T2強調像でみられる脳室周囲や深部白質の高信号病変(いわゆるleukoaraiosis)は、現時点では脳血管性病変とは特定できず、無症候性脳血管障害には含められない。 しかし、虚血性病変も重要な発生要因と考えられており、その画像診断基準は以下のとおりである。
(i)側脳室周囲に認められる"cap"ないし"rim"状の高信号領域は、血管性病変とはみなさない。
(ii)側脳室周囲から深部白質に進展する不規則な高信号領域のうち、その中に斑状の著しい高信号病変を認める場合や、病変分布が明らかに非対称である場合は血管性病変の可能性が否定できない。

6.MRA
(1)頭蓋内動脈のMRA
未破裂脳動脈瘤の検出のため3D-TOF法による撮像を原則とする。 画像は、(a)撮像範囲のcollapse画像、(b)ウイリス輪前半部の軸位画像、(c)ウイリス輪前半部の冠状断画像、(d)ウイリス輪後半部の冠状断画像、(e)元画像、を作成する。 読影は立体視によって行うことが望ましい。 脳動脈瘤を見逃さないためには単一血管に撮像領域を設定して画像再構成を行ったり、またビデオモニター上の動画像表示を追加することが望ましい。
画像の鮮明度は頸動脈サイフォン部の乱流のアーチファクト少なく、中大脳動脈の島部の動脈が描出されていること、脳動脈瘤の診断精度は直径3mm以上の脳動脈瘤の有病正診率、無病正診率が90%を越えることを目安とする。

(2)頸部頸動脈のMRA
頸部頸動脈狭窄・閉塞の診断には2D-TOF法あるいは3D-TOF法で撮影する。撮像範囲は総頸動脈分岐部を中心に総頸動脈、外頸動脈、内頸動脈が含まれるようにする。 (a)頸部頸動脈の冠状断画像、 (b)元画像、を作成する。 狭窄性病変の有無の診断には冠状断画像を使用し、狭窄率の判定は元画像により評価する。 頸部MRAが行われない場合は、頸部超音波エコー検査により頸部頸動脈病変の検査を行う。
Ⅵ 判定と指導
これらの検査結果は、その臨床的意味の解説とともに受診者に通知されなければならない。 異常所見がある場合は面談し適切な対応を指導する。異常所見がなかった場合あるいは軽微な場合の通知は報告書の形をとってもよい。
Ⅶ 代表的な異常所見に対する対応
1.無症候性脳梗塞
本病態を持つ場合は症候性脳梗塞を生じやすいことが知られている。 その他の危険因子と重複して存在する場合は脳卒中発症の危険がさらに高い。 特に心源性梗塞の可能性が考えられる場合には専門医への受診を勧める必要がある。 内服薬投与に関しては個別的に判断するが、高血圧を中心に危険因子の除去を積極的に指導する。

2.拡大血管周囲腔(état criblé)
加齢による変化と考えられ、その変化に対する特別な対応は不必要であるが、その他に脳卒中の危険因子があれば、その対処が必要である。

3.びまん性白質病変(leukoaraiosis)
現時点では脳血管性病変とする積極的根拠はないが、高度な変化は何らかの病的意義を持つことが推測されるため、経過観察を行う。

4.無症候性脳主幹動脈閉塞・狭窄
これらは脳卒中の危険因子の一つとして認識すべきという考えもあるので、十分な経過観察が必要である。 脳循環動態を評価するための二次検査を勧める。内服薬投与に関しては個別的に判断する。

5.無症候性頸部内頸動脈閉塞・狭窄
男性における高度狭窄例において頸動脈内膜剥離術が低い合併症で行われた場合、将来の脳卒中発生を減少するという報告がある。 個別的に頸動脈内膜剥離術の適応を検討する。 内服薬投薬に関しては個別的に判断する。

6.未破裂脳動脈瘤
原則として手術的治療を検討する。手術適応は個々の症例について判断されるが、一般的に脳動脈瘤が硬膜内にあり、大きさが5mm前後より大きく、年齢がほぼ70歳以下の場合は、その他の条件が手術を妨げない限り手術的治療が勧められる。 手術が行われない場合は脳動脈瘤の大きさ、形の変化の観察が必要である。 現時点では観察間隔あるいは観察項目を特定する確実な知見はないが、さしあたり1年以内に経過観察を行い、増大を認めた場合には手術を勧める。

7.痴呆性疾患
指導には十分な注意を必要とする。経過観察のみならず、血液生化学検査、MRI、 脳血流検査所見などを参考に、treatable dementiaも考慮に入れて、専門医への受診を勧める必要がある。
Ⅷ 経過観察
脳ドックにより発見される異常所見の大多数は、必ずしも進行性に増悪して致命的となる性質のものではない。 また、その病的意義あるいは自然経過が明らかとなっていないものも多い。 したがって、それらの異常の経過観察は受診者に対するアフターケアの意味とともに、疾患そのものより詳細な自然経過の解明に役立つ。 この意味から、脳ドック実施施設においては異常所見が発見された場合、日本脳ドック学会が行っている経過観察調査に登録するか、あるいは各施設においてその後の経過観察が行われることが望まれる。 現時点ではそれぞれの異常所見について適切な経過観察の間隔を特定する知見はないが、多くの場合6カ月ないし1年間隔の経過観察が望ましい。
Ⅸ 医療経済効果
脳ドックの実施により救命あるいは障害が回避されることによる効果は、現状では費用効用分析に使用する各変数の不確定要素が大きいため推定が難しい。 したがって、公的費用を用いて脳ドックを実施すべきか否かの評価は今後の課題となる。
Ⅹ おわりに
ここに示したガイドラインは平成8年12月「脳ドックあり方委員会」で作成され、日本脳ドック学会評議員会によって討議されたもので、現時点における脳ドックの好ましいあり方を示したものである。 脳ドックが出来るだけ均一な内容で、混乱の少ない概念として通用するためにも、わが国における脳ドック実施施設は本ガイドラインに沿って脳ドックを実施されることを希望する。 なお、脳ドックの対象疾患に関する知見は今後急速に蓄積されるものと予測され、それに伴って本ガイドラインは将来修正される可能性がある。

平成9年5月15日

日本脳ドック学会「脳ドックあり方委員会」
端 和夫(委員長)、吉本高志、篠原幸人、山田 弘、
戸谷重雄、赫 彰郎、中川俊男、藤原 悟